28・ 塩の道パート② 「石坂越えコース」。 (2014年11月4日)
塩の道は、今回で2回目となります。
今回は塩の道パート②として、「石坂越えコース」 全長12K、片道4時間30分、「道の駅小谷」 から「小谷村郷土館」 まで歩きます。 ( 1回目の 「天神道越えコース」 は、ここをクリック )。
≪コースタイム≫
新潟駅南口(6:30)=道の駅小谷(9:30)…幸田文、文学碑(11:05)…石坂公民館・昼食(11:45-12:20)…
下里瀬(くだりせ) (13:50)…小谷郷土館(15:05)=道の駅小谷「深山の湯」・入浴(15:20-16:00)=
新潟駅南口(19:00)
日時、11月4日(火) 天候、晴れ。 参加者、22名(男性4・女性18)
朝、新潟を出る時はどんよりと曇り小雨が心配されたけれど長野に近ずくにしたがいお天気は良くなり
道の駅小谷に着くころはすっきりと晴れ太陽が眩しい中での出発準備になりました。
晴れの天気に足取りも軽やかに、まず最初に 「西方堂」 です。
街道の脇には、懐かしい表情の石仏や重い荷を背負って倒れた馬や牛の供養でしょうか、
馬頭観音や大日如来の碑が見られます。


見晴しのいい高台に、「稗田山崩落」 を免れた明治以前の様相を残すお寺と社 (常法寺と来馬諏訪社)。


苔むした来馬諏訪社の石垣が秋の陽に、遠い昔の面影を残しています。
≪稗田山の崩落≫
世に日本三大崩落の一つといわれる稗田山崩落の大惨事は、明治四十四年 (1911年)八月八日の未明午前三時に突如として起こった。 四キロ余にわたって崩落した土石流は浦川を流れ下って姫川を塞き止め、ここ松ヶ峯を乗り越え、この地域一帯は壊滅的な打撃を受けた。
死者二十三名 家屋の流失25棟及び田畑の流失 七十余町歩。 と、言われています。
現在の広大な来馬河原の部分には、かつては来馬宿として街道が走り、田畑がひらけ、
学校・役場をはじめ来馬の集落がありました。
塩の道は、松ヶ峯から川沿いに進み浦川橋を渡り、「幸田文・文学碑」 に向かいます。
道は狭くなり湿った大きい石がゴロゴロと歩き難い道がつづきます。
荷を運ぶ牛や馬、それにボッカの人達は、さぞかし辛い歩きだったことでしょう。
苔むした岩や倒木の傍にナメコが♪


アザミでなくて、オヤマボクチクのようです。
川沿いをはなれ、立派な浦川橋を渡ります。
浦川橋の上から、右側一帯 の護岸工事。 左側遠くに白い雪が目立つ雨飾山。


≪幸田文・文学碑≫
平成4年10月、その80周年を記念し、大災害で亡くなった方の慰霊と災害を後世に語り継ぐ指標になってほしいとの思いを込めて 「崩れ」 という作品を残した作家・幸田文の文学碑が建立されました。
「歳月茫茫」 の碑
「石坂の賽の神」、小さな峠で邪霊の侵入を防ぐ神。行路の安全を守る神。
村境や集落の入り口に置かれることが多かった。
温かい陽射しを浴びて集落に向かいます。
集落が見えてきました。 道路を横切り集落に入ります。
今回の「石坂越えコース」は、小谷の集落を何度か通る全体的に穏やかな雰囲気のコースで、
随所に 「塩の道」 をとても大切に守っていることが感じられます。
またまた、道祖神や石仏達に見守られて集落に入ります。
タイムスリップしたような長閑な山村風景に、ほっと心がなごみます。
いよいよ難所といれる 「フスベ」 です。
入り口付近に 「南無阿弥陀仏」 と刻まれた石碑が印象的。
急な斜面のトラバースで道巾は狭く 右の山側から今にも土砂崩れしそうな感じです。
重い荷を背負った牛や馬、ボッカさんは雪や雨の日などは、さぞかし大変だったことでしょう。
フスベから解放されて足取軽く車坂。
やがて、宿場の名残のある街村風景の中をルンルン気分で歩きます。
このまま今回の最終ゴールの「小谷村郷土館」 へ向かうのかと思いきや、まだまだでした♪
再び「塩の道」の標柱を辿って、虫尾の 「阿弥陀堂」 に向かいます。
「阿弥陀堂」は古くて小さく 昔は安産や母乳の出ない婦人たちの信仰を集めたお堂です。
境内の石仏を見てまわったり、こんこんと流れ出ている 「阿弥陀様の岩清水」 を呑んだりして休憩します。
荷を運ぶ馬や牛、ボッカさん達もここで水を呑んだり休憩して体を休めたのでしょうか?
とても美味しい岩清水でした。きっと、命ののびる思いだったことでしょう。
「塩の道」 に戻ります。
やがて、道の先の下方部に民家の屋根が見えてきました。
今度こそ、最終ゴールのようです。
全員元気に、石坂越えコースの12Kを完歩し 笑顔で記念撮影です♪
お疲れさまでした~♪
(完)
今回は塩の道パート②として、「石坂越えコース」 全長12K、片道4時間30分、「道の駅小谷」 から「小谷村郷土館」 まで歩きます。 ( 1回目の 「天神道越えコース」 は、ここをクリック )。
≪コースタイム≫
新潟駅南口(6:30)=道の駅小谷(9:30)…幸田文、文学碑(11:05)…石坂公民館・昼食(11:45-12:20)…
下里瀬(くだりせ) (13:50)…小谷郷土館(15:05)=道の駅小谷「深山の湯」・入浴(15:20-16:00)=
新潟駅南口(19:00)
日時、11月4日(火) 天候、晴れ。 参加者、22名(男性4・女性18)
朝、新潟を出る時はどんよりと曇り小雨が心配されたけれど長野に近ずくにしたがいお天気は良くなり
道の駅小谷に着くころはすっきりと晴れ太陽が眩しい中での出発準備になりました。
晴れの天気に足取りも軽やかに、まず最初に 「西方堂」 です。
街道の脇には、懐かしい表情の石仏や重い荷を背負って倒れた馬や牛の供養でしょうか、
馬頭観音や大日如来の碑が見られます。


見晴しのいい高台に、「稗田山崩落」 を免れた明治以前の様相を残すお寺と社 (常法寺と来馬諏訪社)。


苔むした来馬諏訪社の石垣が秋の陽に、遠い昔の面影を残しています。
≪稗田山の崩落≫
世に日本三大崩落の一つといわれる稗田山崩落の大惨事は、明治四十四年 (1911年)八月八日の未明午前三時に突如として起こった。 四キロ余にわたって崩落した土石流は浦川を流れ下って姫川を塞き止め、ここ松ヶ峯を乗り越え、この地域一帯は壊滅的な打撃を受けた。
死者二十三名 家屋の流失25棟及び田畑の流失 七十余町歩。 と、言われています。
現在の広大な来馬河原の部分には、かつては来馬宿として街道が走り、田畑がひらけ、
学校・役場をはじめ来馬の集落がありました。
塩の道は、松ヶ峯から川沿いに進み浦川橋を渡り、「幸田文・文学碑」 に向かいます。
道は狭くなり湿った大きい石がゴロゴロと歩き難い道がつづきます。
荷を運ぶ牛や馬、それにボッカの人達は、さぞかし辛い歩きだったことでしょう。
苔むした岩や倒木の傍にナメコが♪


アザミでなくて、オヤマボクチクのようです。
川沿いをはなれ、立派な浦川橋を渡ります。
浦川橋の上から、右側一帯 の護岸工事。 左側遠くに白い雪が目立つ雨飾山。


≪幸田文・文学碑≫
平成4年10月、その80周年を記念し、大災害で亡くなった方の慰霊と災害を後世に語り継ぐ指標になってほしいとの思いを込めて 「崩れ」 という作品を残した作家・幸田文の文学碑が建立されました。
「歳月茫茫」 の碑
「石坂の賽の神」、小さな峠で邪霊の侵入を防ぐ神。行路の安全を守る神。
村境や集落の入り口に置かれることが多かった。
温かい陽射しを浴びて集落に向かいます。
集落が見えてきました。 道路を横切り集落に入ります。
今回の「石坂越えコース」は、小谷の集落を何度か通る全体的に穏やかな雰囲気のコースで、
随所に 「塩の道」 をとても大切に守っていることが感じられます。
またまた、道祖神や石仏達に見守られて集落に入ります。
タイムスリップしたような長閑な山村風景に、ほっと心がなごみます。
いよいよ難所といれる 「フスベ」 です。
入り口付近に 「南無阿弥陀仏」 と刻まれた石碑が印象的。
急な斜面のトラバースで道巾は狭く 右の山側から今にも土砂崩れしそうな感じです。
重い荷を背負った牛や馬、ボッカさんは雪や雨の日などは、さぞかし大変だったことでしょう。
フスベから解放されて足取軽く車坂。
やがて、宿場の名残のある街村風景の中をルンルン気分で歩きます。
このまま今回の最終ゴールの「小谷村郷土館」 へ向かうのかと思いきや、まだまだでした♪
再び「塩の道」の標柱を辿って、虫尾の 「阿弥陀堂」 に向かいます。
「阿弥陀堂」は古くて小さく 昔は安産や母乳の出ない婦人たちの信仰を集めたお堂です。
境内の石仏を見てまわったり、こんこんと流れ出ている 「阿弥陀様の岩清水」 を呑んだりして休憩します。
荷を運ぶ馬や牛、ボッカさん達もここで水を呑んだり休憩して体を休めたのでしょうか?
とても美味しい岩清水でした。きっと、命ののびる思いだったことでしょう。
「塩の道」 に戻ります。
やがて、道の先の下方部に民家の屋根が見えてきました。
今度こそ、最終ゴールのようです。
全員元気に、石坂越えコースの12Kを完歩し 笑顔で記念撮影です♪
お疲れさまでした~♪
(完)


























この記事へのコメント
往時を偲んで歩く「塩の道」、今まで忘れていた素朴な心を蘇らせてくれたように思います。
来年はパート③、パート④が計画されているようです。楽しみです♪
そら豆 順調に育っているようですね♪
豆ご飯、美味しいですよね。大好きです。 収穫が楽しみですね。
塩の道、興味はあるのですがなかなか歩けません。FUKUさんのレポートで歩いた気になっています。
糸魚川から松本まで、馬牛ボッカと昔の人は凄いですねー。道路が発達し車で何でも運ばれる現代、有難いですね。
コメント有難うございます。 私もつい最近まで未知の世界でした。
山行に参加して、昔の風情をたっぷり偲ばせてくれる石仏たちの姿や民俗にふれ自然豊かな「塩の道」を楽しむことができ喜んでいま~す♪
塩の道、まさに小春日和の楽しそうな一日ほっとしています。
季節の変わり目の春も、同じような症状でスッキリと治らず今回のように咳や淡が長引いていました。加齢によるもので大したことないと思うのですが・・・
「塩の道」 晴れて良かったです。
心配していてくださったのですね。有難うございます。
塩の道 歴史の面影随所に残り意味あるトレックだと思います。
残念ながらへタレ爺、12キロも歩くことが出来ません。(涙)
ホントに皆さん、お元気な方々ばかりで 「フスべ」 に入る手前の 「石坂公民館」 近くにマイクロバスが待機して歩きが困難な方は乗れるように手配されていたのですが、全員楽しく歩いて到着しました。 (*^_^*)
すっかり寒くなりました。いよいよ冬の到来でしょうか? 元気に冬を迎えたいですね。